カテゴリ:ロンドイズム( 46 )
極めていくこと

経験が深まって目が肥えるほど難しくなる。
若い頃には見過ごしていた粗が気になるから。

<京印章印刻師 小泉湖南堂三代目:小泉 景氏の言葉>


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服作りを始めて約26年になりますが
この言葉が身に沁みて分かります。
どんどん難しくなっていくんですよねぇ。
作れば作るほど、、、です。
何年か前には気にならなかったことが
ものすごく気になってきたりして。
でも、だからこそ成長するのでしょうね。
(服作りには、まだまだ貪欲です)


小泉氏の言葉、色んな仕事に当てはまりませんか?





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by rondeism2 | 2016-12-19 21:32 | ロンドイズム
心が出会う道

訪ねてゆく、呑んで話し込む。
足を使って歩んでゆくほかに
心が出会う道はない。

<由布院温泉 亀の井別荘 相談役:中谷健太郎氏の言葉>


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インターネットはものすごく便利で
私もよく利用しています。
しかし、インターネットやSNSで情報を得て
それだけでもう満たされてしまって
知った(行った)気になってしまう。
それはすごく残念な(勿体無い)ことだと思いますねぇ。
私は行ける所であれば実際に足を運んで
そこで体験して感じるようにしています。
見ると聞くとでは全然違いますから。

もはや、そういうことを言ってることが
時代遅れと言われるような時代になったなら
それは一番残念なことだと思います。





ジャンゴの取扱店さんにはジャンゴの服を
とても大切に育てて頂いています。

近くになかったら仕方ないのですが、、、
もし近くにジャンゴの取扱店さんがあったなら
また、近くに無い方でも
もし近くに行く機会があったなら
ぜひ、足を運んでもらいたいですねぇ。
それぞれの店主さんの想いがいっぱい詰まった店で
店主さんやスタッフさんと話をし
“心が出会う道”を体験して頂けたら
本当に嬉しく思います。




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by rondeism2 | 2016-09-07 22:30 | ロンドイズム
五輪五常

<ある剣道家のコラムより>


剣道着の袴を前から見ると五本の襞が有り
裏側には一本の襞が通っている。
この襞は先人が袴を使用するにあたり
人として日常の心掛けに結び付けて作ったもので
五本の襞は、「五輪五常」の道を訓えたものである
と言われている。
即ち、「忠・孝・和・愛・信」
また、「仁・義・礼・智・信」を表し
後ろの一本の襞は
二心無い誠の道を示したものであるとされている。


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また、竹刀には五つの節がある。
目に見えるところに三つ、そして柄の中に二つ。
竹刀の節にも昔からの教えで意味がある。
それは「五輪五常」とも言われており
これもまた、袴の五本の襞の意味と同じである。
では、竹刀の場合には柄の中に
二つの節が隠されているのであるが
隠されているのは五徳(仁・義・礼・智・信)のうち
「智」と「信」である。
「智」とは智徳のことであり
「信」は約束を守り、常に誠実であることであるが
どちらも人に見せつけるものではない
ということである。



こういうことを知ると、剣道はやはりスポーツではなく
武道なんだなぁと思いますねぇ。

「五輪五常」の心、、、
大人として常に心掛けたいものです。





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by rondeism2 | 2016-08-04 21:50 | ロンドイズム
成長の証

若い時に建てた建物を見に行くと恥ずかしい思いをします。
その時は良いと思ったり、これで良かろうと思ったことが
時間が経てば“ひずみ”や隙間になって出てくるんです。
それは、自分が木の癖を読めなかったからです。
でも、それから目をそらしたら駄目なんです。
師匠や先輩と同じように
自分でした仕事は自分を叱ってくれる先生ですから。

<ある大工棟梁の言葉>


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“自分でした仕事は自分を叱ってくれる先生ですから”

イイ言葉です。本当にそう思いますねぇ。
振り返りたくないことの中に
本当の大切なことが隠れているのかもしれません。
そしてまた、それに気付くことが
自分が成長している証でもあるのでしょうね。




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by rondeism2 | 2016-02-06 21:45 | ロンドイズム
無駄

なんとなく過ごす。なんとなくお金を遣う。
無駄には、次のなにかが兆している。


無駄はとても大事です。無駄が多くならなければ、だめです。
お金にしても、要るものだけを買っているのでは
お金は生きてきません。
安いから買っておこうというのとも違います。
無駄遣いというのは、値段が高い安いということではなく
なんとなく買ってしまう行為です。
なんでこんなものを買ってしまったのだろうと、
ふと、あとで思ってしまうことです。
しかし、無駄はあとで生きてくることがあります。
時間でもお金でも、用だけをきっちり済ませる人生は
1+1=2 の人生です。無駄のある人生は
1+1 を10 にも20 にもすることが出来ます。

<美術家:篠田桃紅氏の言葉>


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若い頃は特に、お金もそんなに無いのに
無駄遣いばっかりしていましたねぇ。
本当に無駄だったものもいっぱいありましたが
それ以上に、その無駄が肥やしになったものが
いっぱいあります。
大切なものを得ることが出来たと思います。
今でもその時の無駄が活かされていると思うし
今のロンドやジャンゴも
その積み重ねによって成り立っているんだと
つくづく思いますもんねぇ。





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by rondeism2 | 2015-12-18 21:50 | ロンドイズム
一願成就

“満願成就”という言葉がありますが
そんなに願ってはいけないという意味もあるそうです。
“満”(100%)を望むのではなく
“一”叶ったら有り難いと思うことが大切だ
ということなんだそうですよ。


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では“一願成就”は、、、

「小さな願いを少しずつ叶えていくことで
満足して生きていくのが
日々“今”を大切にするということに繋がっていきます。
完全を求めるなということでしょう。
完全な状態は永遠に続かない
一部が欠けたその姿こそが
人の本質だということなんです。
大切なのは、形が欠けていても
心を丸く満足して生きることですよ」

ということらしいです。



例えば、服(装い)だったり、店の空間だったり、、、
若い頃は完璧(100%)なものを求めがちでしたが
色んな経験をして年をとるほどに
完璧なものほど魅力的ではないと感じてきましたねぇ。
“足るを知る”ことで自分の中の感性が広がりました。




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by rondeism2 | 2015-08-05 22:22 | ロンドイズム
残心②

武道において、「残心」は勝負が決してからの
心のあり方を示します。

「残心」とは、心を残そうと思って残すことではなく
心を残さず捨て身で打つことから自然に残る心である。




<勝者の残心>
相手の立場に立ち、相手を思いやる。
勝って驕るのではなく相手への感謝と共感の思いを持つ。
その戒めが試合の始まりと終わりにおける“礼”となる。

<敗者の残心>
負けることによってこそ学ぶことは多い。
自分の弱点を知りどう克服するかを考える。
そうやって更に強くなれる。
修業の課題を与えてくれたその想いが
「ありがとうございました」という試合後の“礼”に繋がる。


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一つの技が終わっても、切っ先と心と体は尽きることなく
すぐに“生”に帰り、常に心を“生”に満たす。
「残心」とは、いつまでも旧い事(終わった事)に執着するのではなく
常に更新することである。


例えば、日常生活で起きうることで言うと、、、
他人のミスで自分が迷惑を被ることはあるだろう。
その時、「どうしよう」と頭を抱え「自分は悪くない」、と何もしないのか
一切文句を言わず「そうか、じゃぁこうしよう」とすぐに対応するのか、、、
「残心」があれば、終わった事に執着せず次へ次へと繋いでいける。
また、自分の犯した失敗というのは、よく考えてみれば
自分に「残心」がなかったことに拠るものである。

自分の行動に責任を持ちその結果を真摯に受け止める心。
「残心」は自己責任の倫理でもある。


<「日本人の知らない武士道」より>



「残心」、ぜひ日常生活の中で活用したいものです。




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by rondeism2 | 2015-06-28 21:13 | ロンドイズム
物事の解決にあたっては、、、

このところ坐禅の真似事をよくする。無心になれるからだ。
他人にすがるのではなく
禅は自分を肯定しどこまでも自分と対坐する。

しかし尊敬する道元師はこう言う。
「諸々の縁やしがらみを捨て去り、全ての働きを休息せよ。
善い事も悪い事も思い巡らしてはならない。
坐禅は思索することでもなく、瞑想することでもない。
またそれによって悟りを得ようなどと考えてもいけない。」

自分は解決策を見つけ出すために坐禅を組んできた。
道元は、ひたすら修業することが即ち悟りであるとも説いている。
目的と手段を二分するな。物事の解決にあたっては、、、
何者かに委ねるのではなく自分自身の心と体で成し遂げよ。

と、いうことだ。

<宮大工棟梁:故 西岡常一氏の言葉>


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物事の決断をするのも同じことで、、、

アドバイスは受けても
やはり最終決断は自分自身でしなくてはいけませんね。
他人に委ね、失敗したら他人のせいにする。
そして後悔したり愚痴ったり。
これほど見苦しいことはありません。
物事を決断するということは
失敗した時には自分が全ての責任を負う。
それぐらいの覚悟をもって肚を括れるかだと思います。


「自分で決断も出来ない事や責任も負えない事は
軽々しく言わない、そして、やらない。
でも、一度肚を括って始めた事は途中で投げ出さない。」
いつもこれを肝に命じています。




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by rondeism2 | 2015-05-27 21:52 | ロンドイズム
残心①

好きな言葉の中の一つに「残心」という言葉があります。


「残心」とは、、、

武士道の真髄・奥義は「残心」にあると言います。
技を行った後、まずは心身共に構えと集中力を崩さず
反撃に備えることですが
それにとどまらず
相手への礼と共感、相手を傷つけ命を奪うであろうことへの
懺悔と慈悲の心がなければなりません。
更にそれは「平常心」「不動心」に繋がり
全力を出し切ってなお「生」を更新することにも。

弓道では、矢が放たれた後の「射法八節」の最後は
そのままの姿勢を数秒保ち、心身共に一息置く。
その精神を意味して「残心」
身体を意味して「残身」と書くそうです。


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茶道では、例え何度も会う人であっても
その時、その瞬間が、一生に一度限りの「縁」という気持ちで
お客と接することを「一期一会」と言います。
迎えることだけでなく
茶事が済んでから、そのお客の姿が見えなくなるまで見送り
更にその後、お客を偲んで茶を点て一人静かに飲んだといいます。
その行為はもちろん相手には分からないことなのですが
だからこそ、目に立たない心の見送り方となります。
お客がお帰りになったからといって
すぐに次の作業にとりかかるのではなく
相手に対する心を残すこと、すなわちそれが「残心」です。

日本人の挨拶で「お辞儀」がありますが
頭を下げるまでがお辞儀なのではなく
頭を下げて元の姿勢に戻り
すぐに次の行動に移るのではなく少し間を置いてから
つまり相手に対する心を残してから次の行動に移す。
相手への心を残すことでお辞儀そのものにゆとりが出てきます。
そしてそれが、相手に対する敬意の表れになるのだそうです。



心を残す、、、
大切にしたいものですね。




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by rondeism2 | 2015-03-21 21:09 | ロンドイズム
子供の教育

人格を尊重して教育することは大事ですが、人権を与えるのは別です。

権利は義務や責任を伴うもので
義務がなく働いてもいない子供に権利を与えてはいけません。
子供に人権を与えて、何でも「君が正しい」などと言ったら
滅茶苦茶な話になります。
昔から「親の小言と冷たい酒は、すぐに効かぬが後で効く。」
という言葉があります。
教育というのは少し窮屈でないといけないのです。
子供の機嫌をとるような教育は教育ではありません。

<慈眼寺住職:塩沼亮潤氏の言葉>


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「子供は、親が育てたようにしか育っていない。」と言いますが
(例えば、我慢出来ない子は親も子供に対して我慢出来ていないというような)
全くその通りなんですよね。
それだけ親の責任は重いということなんですね。
我が子のふり見て、我がふり直せってことですよぉ。
そして親(特に父親)は子供にとって
簡単に越えられない大きな壁にならないといけないそうです。
友達親子なんかクソくらえです(笑)。

子育て中のお父さんお母さん頑張って~。




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by rondeism2 | 2015-02-03 21:58 | ロンドイズム