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カテゴリ:ロンドイズム( 49 )
「我」と「無私」

根本的にね、それをお出しして
褒めてもらうとか
自分の腕を認めさせようとか
それは絶対に無用なことです。
「我」があってはダメね。
「我」がある料理は
ちょっと食べたらお腹いっぱいに
なっちゃう。
やはり「無私」でなければ
ダメだと思う。
ものを作る場合はすべて
「無私」でないとダメなのです。

<料理家:辰巳芳子氏の言葉>


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料理だけでなく、音楽や服、店など
もの作りはみんなそうだと思います。


店を初めて32年が過ぎましたが
約26年くらいずっと
店をやりながら服を作ってきました。
まだまだ「我」が出ることもありますが
これからも、店も服作りも、、、
「目を奪われるもの」
を作ることよりも
「心を奪われるもの」
を大切に
そういう想いで
数少ないディープなジャンゴ愛好家の
数寄者の皆さん
そして、これからジャンゴイストに
なってくれるであろう方々との
出会いを楽しみに
細々ですが、なんとか踏ん張って
やっていきます!

その為にも、もっともっと修行せねば。






by rondeism2 | 2019-02-07 21:52 | ロンドイズム
自分の真似

25歳で、彫刻家“イサム・ノグチ”と出会い
ノグチの右腕として多くの代表作に関わった
石工の“和泉正敏”さん(1938年生まれ)。
尊敬してるっていうか
すごく憧れている石工さんです。


人の真似をするのはよくない。
でも、もっといけないのは
自分の真似をすることだ。と
ノグチさんはよく言いました。
ものをつくるとはどういうことか
ノグチさんと一緒にいる間に
ずっと染み込んでる。
ものを考えたり、つくるっていうことは
難しいですね。
でもノグチさんは
楽しくなかったらつくっちゃだめですよ。
と言ってましたから
出来るだけ楽しくと思っています。

普通だったら、体調が悪いときは
休みたいとか
休みの日にはどこか遠くに行きたいとか
思うでしょ?
でも、体調が悪くてもなんでも
石のそばにいるっていうのがあります。
裏を返せば、嫌でも石から離れられない
ということなんでしょうね。

<石工:和泉正敏氏の言葉>


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これが生涯をかけて仕事をする
ということなんでしょうね。
私もこの服づくりがこうでありたい
と思いながら
まだまだこの域に達することが出来ません。
でも“和泉”さんの生き方や
仕事に対する想いは
私の目標になっています。

31年前に店を始めてから
「人の真似」だけは
絶対にしたくないと思って
ずっとやってきたのですが
この歳になって
「自分の真似」をするのは良くない
ということも
よ~く分かるようになってきました。
服づくりに対してはいつでも
純粋に正直でありたいし
自分だけが感じたことを
これからも、もっともっと自分の中に
増やしていきたいですねぇ。



石のアトリエ 主宰 和泉正敏







by rondeism2 | 2018-06-18 22:01 | ロンドイズム
自分で考える力

江戸時代に活躍した下山大工の流れをくむ
石川工務所の2人の棟梁の言葉です。


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私達大工職人の技術というのは
手取り足取り教えられても
その場しのぎで身にならない。
苦労してこそ、人は考える。
考えるから仕事が身に付く。
そういうものだと思います。

現場で困った時には
それなりの建築を自分で観に行きます。
疑問を持った状態で
建築の一部を重点的に観ると
その部分の原理が分かってくる。
原理を理解すれば、やり方が分かる。
漠然と「綺麗だ」と思ってるだけでは
何も分かりません。

<大工棟梁:吉野佐千雄氏の言葉>



本で得た知識というのは
あくまで参考で
後は自分の経験を踏まえた上での
バランス感覚が必要だ。
最終的には感覚が一番大切だと
思っています。

<大工棟梁:井上 修氏の言葉>


伝匠舎 石川工務所



技を極めた職人の言葉には重みがあります。
これは、大工職人の世界だけではなく
色んな職業、色んな事に
当てはまると思いますねぇ。
もちろんお洒落(着こなし)にも。

自分で考え、創意工夫するということが
一番大切なことで
その先に感覚が育っていくのだと思います。






by rondeism2 | 2018-02-10 21:09 | ロンドイズム
極めていくこと

経験が深まって目が肥えるほど難しくなる。
若い頃には見過ごしていた粗が気になるから。

<京印章印刻師 小泉湖南堂三代目:小泉 景氏の言葉>


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服作りを始めて約26年になりますが
この言葉が身に沁みて分かります。
どんどん難しくなっていくんですよねぇ。
作れば作るほど、、、です。
何年か前には気にならなかったことが
ものすごく気になってきたりして。
でも、だからこそ成長するのでしょうね。
(服作りには、まだまだ貪欲です)


小泉氏の言葉、色んな仕事に当てはまりませんか?





by rondeism2 | 2016-12-19 21:32 | ロンドイズム
心が出会う道

訪ねてゆく、呑んで話し込む。
足を使って歩んでゆくほかに
心が出会う道はない。

<由布院温泉 亀の井別荘 相談役:中谷健太郎氏の言葉>


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インターネットはものすごく便利で
私もよく利用しています。
しかし、インターネットやSNSで情報を得て
それだけでもう満たされてしまって
知った(行った)気になってしまう。
それはすごく残念な(勿体無い)ことだと思いますねぇ。
私は行ける所であれば実際に足を運んで
そこで体験して感じるようにしています。
見ると聞くとでは全然違いますから。

もはや、そういうことを言ってることが
時代遅れと言われるような時代になったなら
それは一番残念なことだと思います。





ジャンゴの取扱店さんにはジャンゴの服を
とても大切に育てて頂いています。

近くになかったら仕方ないのですが、、、
もし近くにジャンゴの取扱店さんがあったなら
また、近くに無い方でも
もし近くに行く機会があったなら
ぜひ、足を運んでもらいたいですねぇ。
それぞれの店主さんの想いがいっぱい詰まった店で
店主さんやスタッフさんと話をし
“心が出会う道”を体験して頂けたら
本当に嬉しく思います。




by rondeism2 | 2016-09-07 22:30 | ロンドイズム
五輪五常

<ある剣道家のコラムより>


剣道着の袴を前から見ると五本の襞が有り
裏側には一本の襞が通っている。
この襞は先人が袴を使用するにあたり
人として日常の心掛けに結び付けて作ったもので
五本の襞は、「五輪五常」の道を訓えたものである
と言われている。
即ち、「忠・孝・和・愛・信」
また、「仁・義・礼・智・信」を表し
後ろの一本の襞は
二心無い誠の道を示したものであるとされている。


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また、竹刀には五つの節がある。
目に見えるところに三つ、そして柄の中に二つ。
竹刀の節にも昔からの教えで意味がある。
それは「五輪五常」とも言われており
これもまた、袴の五本の襞の意味と同じである。
では、竹刀の場合には柄の中に
二つの節が隠されているのであるが
隠されているのは五徳(仁・義・礼・智・信)のうち
「智」と「信」である。
「智」とは智徳のことであり
「信」は約束を守り、常に誠実であることであるが
どちらも人に見せつけるものではない
ということである。



こういうことを知ると、剣道はやはりスポーツではなく
武道なんだなぁと思いますねぇ。

「五輪五常」の心、、、
大人として常に心掛けたいものです。





by rondeism2 | 2016-08-04 21:50 | ロンドイズム
成長の証

若い時に建てた建物を見に行くと恥ずかしい思いをします。
その時は良いと思ったり、これで良かろうと思ったことが
時間が経てば“ひずみ”や隙間になって出てくるんです。
それは、自分が木の癖を読めなかったからです。
でも、それから目をそらしたら駄目なんです。
師匠や先輩と同じように
自分でした仕事は自分を叱ってくれる先生ですから。

<ある大工棟梁の言葉>


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“自分でした仕事は自分を叱ってくれる先生ですから”

イイ言葉です。本当にそう思いますねぇ。
振り返りたくないことの中に
本当の大切なことが隠れているのかもしれません。
そしてまた、それに気付くことが
自分が成長している証でもあるのでしょうね。




by rondeism2 | 2016-02-06 21:45 | ロンドイズム
無駄

なんとなく過ごす。なんとなくお金を遣う。
無駄には、次のなにかが兆している。


無駄はとても大事です。無駄が多くならなければ、だめです。
お金にしても、要るものだけを買っているのでは
お金は生きてきません。
安いから買っておこうというのとも違います。
無駄遣いというのは、値段が高い安いということではなく
なんとなく買ってしまう行為です。
なんでこんなものを買ってしまったのだろうと、
ふと、あとで思ってしまうことです。
しかし、無駄はあとで生きてくることがあります。
時間でもお金でも、用だけをきっちり済ませる人生は
1+1=2 の人生です。無駄のある人生は
1+1 を10 にも20 にもすることが出来ます。

<美術家:篠田桃紅氏の言葉>


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若い頃は特に、お金もそんなに無いのに
無駄遣いばっかりしていましたねぇ。
本当に無駄だったものもいっぱいありましたが
それ以上に、その無駄が肥やしになったものが
いっぱいあります。
大切なものを得ることが出来たと思います。
今でもその時の無駄が活かされていると思うし
今のロンドやジャンゴも
その積み重ねによって成り立っているんだと
つくづく思いますもんねぇ。





by rondeism2 | 2015-12-18 21:50 | ロンドイズム
一願成就

“満願成就”という言葉がありますが
そんなに願ってはいけないという意味もあるそうです。
“満”(100%)を望むのではなく
“一”叶ったら有り難いと思うことが大切だ
ということなんだそうですよ。


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では“一願成就”は、、、

「小さな願いを少しずつ叶えていくことで
満足して生きていくのが
日々“今”を大切にするということに繋がっていきます。
完全を求めるなということでしょう。
完全な状態は永遠に続かない
一部が欠けたその姿こそが
人の本質だということなんです。
大切なのは、形が欠けていても
心を丸く満足して生きることですよ」

ということらしいです。



例えば、服(装い)だったり、店の空間だったり、、、
若い頃は完璧(100%)なものを求めがちでしたが
色んな経験をして年をとるほどに
完璧なものほど魅力的ではないと感じてきましたねぇ。
“足るを知る”ことで自分の中の感性が広がりました。




by rondeism2 | 2015-08-05 22:22 | ロンドイズム
残心②

武道において、「残心」は勝負が決してからの
心のあり方を示します。

「残心」とは、心を残そうと思って残すことではなく
心を残さず捨て身で打つことから自然に残る心である。




<勝者の残心>
相手の立場に立ち、相手を思いやる。
勝って驕るのではなく相手への感謝と共感の思いを持つ。
その戒めが試合の始まりと終わりにおける“礼”となる。

<敗者の残心>
負けることによってこそ学ぶことは多い。
自分の弱点を知りどう克服するかを考える。
そうやって更に強くなれる。
修業の課題を与えてくれたその想いが
「ありがとうございました」という試合後の“礼”に繋がる。


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一つの技が終わっても、切っ先と心と体は尽きることなく
すぐに“生”に帰り、常に心を“生”に満たす。
「残心」とは、いつまでも旧い事(終わった事)に執着するのではなく
常に更新することである。


例えば、日常生活で起きうることで言うと、、、
他人のミスで自分が迷惑を被ることはあるだろう。
その時、「どうしよう」と頭を抱え「自分は悪くない」、と何もしないのか
一切文句を言わず「そうか、じゃぁこうしよう」とすぐに対応するのか、、、
「残心」があれば、終わった事に執着せず次へ次へと繋いでいける。
また、自分の犯した失敗というのは、よく考えてみれば
自分に「残心」がなかったことに拠るものである。

自分の行動に責任を持ちその結果を真摯に受け止める心。
「残心」は自己責任の倫理でもある。


<「日本人の知らない武士道」より>



「残心」、ぜひ日常生活の中で活用したいものです。




by rondeism2 | 2015-06-28 21:13 | ロンドイズム